白百合の散華 前日譚 後編
「………」
日が沈み、月がその顔を覗かせる頃。
ティーパーティーのテラスに一人、沈痛な面持ちで百合園セイアは二つの空席を見つめていた。
静かに、何をするでもなく、ただ見つめる。
そこにあったはずの温もりを、その空席を通して見ていた。
「失礼します、セイア様。」
「っ!」
その時、彼女の名を呼ぶ者がテラスに現れる。
それはサンクトゥス派の配下の生徒だった。
セイアは辛抱堪らず、来訪したばかりの彼女の二の句を待たずに問いかける。
「…どうだった…!?」
「…ダメでした。またナギサ様に関連する痕跡が途中で消されていました。」
「物的証拠も無しに捜査に入るワケにもいかず…」
「そう、か…」
返ってきたのはいつも通りの成果無しの報告。
クーデターからずっと、セイアはナギサを探し続けていた。
ミカの所在はアビドスにあり、その身の安全も確約されているからまだ良い。
だがナギサは違う。
どこにいるかも分からず、クーデター時に拉致された事しか分からなかったのだ。
セイアはその無事を祈り、私財を投げうってでも捜索を依頼してきた。
そして幾度と無く失敗を繰り返し、その度に肩を落とし、現在に至っている。
今回はダメだった。だが、次こそは。
これまで通り、そう沈む心を無理矢理に立て直す。
だが、この日は何かが違った。
「っ───!?」
「セイア様…?」
突如としてセイアの中に落雷の様な感覚が走り、思わず片手で顔を覆う。
予知が変質して得ることとなった直感の力。
その力によるものであることはわかった。
だが、これまでその力がここまで衝撃的な伝え方をしてきたことは一度として無かったのだ。
「す、まない…直感が…しかし、これは…!?」
「堕落…誕生……崩壊………!?何だ、これは…どういう…!?」
「セイア様!?」
突如全身の力が抜け、セイアは椅子から崩れ落ちそうになる。
薄れゆく意識の中で配下の生徒の腕に抱き抱えられながら、彼女は直感が伝えたものを理解する。
具体的にはわからないが、何かしらの破滅的出来事が起きた事を。
──────────────
「はっ、はぁっ、はっ…!どう…ですかぁ…?」
「ふむ、良いぞ売女。誰彼構わず股を開くだけはあるな。」
雄と雌の体液が混ざり、湿気として満ちた部屋。
その空間には断続的にベッドの軋みや濡れた肉がぶつかり合う音が鳴り響き続けていた。
煙草を咥え、仰向けに寝る壮年のお客様。
その上で私、桐藤ナギサが繰り返し腰を振り、おマンコをもっておチンポ様を扱きあげる。
酷い言葉を投げかけられるも、今の私はそれすら興奮材料の1つとしてしまっていた。
「全く…こんな腹になっても腰を振っておるとは…恥を知れ!」
「ぎひぃっ!?ボ、ボテ腹スパンキング、ありがとうございますぅ…!だらしないクソ売女でごめんなさぁい…!」
バチンと平手で叩かれ、赤い紅葉がまた一つ増えた───ボテ腹。
処女を失ったあの日以降、私は数え切れない程のセックスをしていた。
基本的に私のおマンコが渇く日は無く、その度に胎に精を受ける日々。
それ故、当然の帰結ではあったが…私は孕んだ。
今はもう臨月で予定日はもう来週。
ボテ腹はパツパツに固く張っており、最近は腰も痛いという有様だった。
「私の家内が臨月の時は、赤子を慮って安静にしていたぞ。だというに、この淫売めが。」
「ごめんなさい、んお”っ…!淫売でごめんなさい…!」
「赤子に謝らんかバカ女が。最低最悪の母親だ…なっ!!」
「ごっ…!?お、お”お”おぉぉぉぉ……!!!腹パン、ありがとうございましゅう…!」
「赤ちゃん、ごめんなさい…ゴミマゾのド変態で最低最悪の母親で、ごめんなさいぃ…!」
「でも、お砂糖欲しいんです…!お砂糖無いと私、耐えられませんからぁ…!!」
その日々を送る事となった最大の理由は、やはり砂糖だろう。
簡潔に言ってしまうと初夜以降、私が砂糖を貰える機会は接客時のみだったのだ。
娼館は私に一切砂糖をくれず、『客に渡してあるから欲しければ接客しろ』の一点張り。
また、私に与えられる砂糖にはキヴォトスの外では所持すら罪に問われる薬剤も混ぜこまれている様で、通常の砂糖には無い症例もかなりの数が見られた。
最初の数日間はそれらが発する禁断症状にもがき苦しみながらも耐えていた。
だが、就寝時に嗅がされる雄の体臭やおチンポ様、ザーメンの臭いがダメだった。
嗅ぐと発情と砂糖の探索行動をするよう調教され切った身体では、到底抗えなかったのだ。
そうして客相手に股を開き、肉悦に喘ぎ、性技や媚びる術を学んで砂糖をせがみ…
気づけば抵抗感はすっかり喪失し、被虐に悦びを覚え…腹は膨らんでいたのだった。
「ははっ、良いだろう。次に射精す時にくれてやろう。」
「やっ、たぁ…♡」
砂糖を貰える見通しが立ったことで、私のおマンコは更に愛液という名の歓喜の涙を流す。
早くイカせたい一心でピストンのペースは上がり、ぶじゅん、ぶじゅん、と音を立てていた。
「ごほぉっ…!お”っ、お”っ、お”っ、お”ぉぉぉ…!!」
「生まれてきた子には、お前のそのピストンしながらのイキ顔を見せてやりたいものだな。」
他のお客様にも言われたが、ヤってる時の私の顔は相当だらしないらしい。
でもそれも仕方ない。
お砂糖が欲しくてやってるのだし、こんなにも気持ちいいのだから。
だから仕方ない。
気持ちいいのも、赤ちゃんに構わずおマンコでおチンポ様を磨き上げるのも、全部砂糖が悪いのだ。
砂糖の快楽は破滅的に過ぎる。だから私は悪くない。
腰を振って自分が1番気持ちいい部分をごりごりと抉るのも。
乳房を上下左右に振り回し、母乳の前段階の透明な液を撒き散らすのも。
ボテ腹をだゆんだゆんと揺さぶり、羊水の中の赤ちゃんをシェイクしてしまっているのも。
全部…全部砂糖が気持ち良すぎるせいなのだ。
私が何も考えず、気持ちよくなるだけでいい今の境遇に居心地の良さを覚えていたり…
必要以上に接客に臨んでいることなど…それに比べれば些事に過ぎないのだ。
「っ…!そら、念願の砂糖だ。」
「きひっ!?」
お客様のお声と共に、私に取り付けられた首輪がチクリとした痛みの後にプシュっと音を立てる。
この首輪はお客様が任意のタイミングで安全に注射を娼婦に行えるようにするものだ。
容液は勿論砂糖であり、血管を通って私に、脳に満ちていく。
ああ、来た…!
私の希望。私の幸せ。私の最高の絶頂が!
「イクっ、イクっ…!!イっ───〜〜~!!!」
身体は痙攣し、食いしばった口の端からは涎が垂れ、目は裏返り、思考と膣内は白く染まる。
私はおチンポ様に真っ直ぐ串刺しにされたまま、この世のものとは思えない程の幸福感の中に叩き込まれた。
ああ、これだ。砂糖とセックスが織り成す至高の快楽。
これまでの人生で積み上げてきたその全てが無意味・無価値にすら感じる。
仮に他に大切なものがあったとしても、もう理解できるだけの頭が無いから気にしない。
目だろうが手足だろうが、何を犠牲にしてもこれさえ貰えるならどうでもいい。
「へっ…へぇ…!えひっ…ひ…ぷひぃ…ひぃ…!!」
「…何と無様な。これでは豚の方がマシだな。」
声は聞こえているが、理解できない。
気持ちよすぎて自分がどんな声を上げているのかすらわからないのに、理解できるわけがない。
でも、別にいい。誰も私に意思を求めてはいないのだから。
私に求められているのは身体による娯楽で、皆私で楽しめればそれでいい。
その対価として、私はその代わりにお砂糖と最高の幸せを貰えるのだから。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「ぁ”………?」
客のいなくなったぐちゃぐちゃのベッドの上で目を覚ます。
乾いた体液で髪や羽がバリバリになっており、動かす度に痛い。
喉からは枯れ切ったガラガラの声が漏れ出た。
あの後、セックスを何時間もして喘ぎに喘ぎ続けていたためだ。
…嬌声で喉を枯らすとは、全くもって娼婦らしいなと乾いた笑みを浮かべながら思う。
「……………最低………」
先程までの肉欲と砂糖の快楽に狂っていた自分を思い出す。
砂糖漬けガンギマリセックスの後、必ずと言って良い程にやってくる理性の時間。
お客様の言葉を借りるのであれば、『賢者タイム』とでも呼ぶべきだろうか。
砂糖が欠乏すれば発情と禁断症状、セックス中は全てを焼き尽くす快楽。
そのいずれもを発散した後にのみ発生する僅かなこの時間が、私は酷く嫌いだった。
この時間は私が以前まで常に持っていた理性が回復する。
それ自体は良い事だ。だが、最大の欠点がある。
自らの行いを、正しく認識してしまう事だ。
「やはり私に…母たる資格は、ありません………」
ボテ腹を摩りながら、その上に涙を落とす。
そうだ。先ほどまで私は肉欲にも砂糖にも抗わず、胎に宿る小さな命を忘れていた。
母として…いや、人として最低最悪の淫売であると言わざるを得ない。
私はその様な存在に成り果てた自分を心底嫌悪し、軽蔑する。
だが、それすらも私は暫くすると忘れ、快楽を求める亡者と成り果てるのだ。
最早言葉も無かった。
「う”っ…!?う、う”ぅぅぅぅぅ…!!!」
しかし、現実というものは本当に非情だった。
身体に走ったのは激痛。先ほどまでの激しいセックスが呼び水となったのだろうか。
こんな私を母にせんと、1週早く陣痛が始まってしまったのだ。
「ま”っ…でぇ…!私、まだぁ…!?」
押し寄せる陣痛に歯を食いしばろうとするも、返って来るのはぐにぐにとした感触。
ゴムの歯では当然の事だった。
イラマチオやキス、その他見世物として非常に優秀なそれは、本来の用途では何の役にも立たない。
その惨めさを今更痛感しているのだ、心の準備などできているはずも無かった。
だが、おマンコからはバチャバチャと羊水が溢れ出し、更にベッドをぐちゃぐちゃにしていく。
それらを自分で止められるはずもなく、私は呻き声を上げることしか出来ない。
その上開発されきった身体は陣痛さえ気持ちが良いと感じ、緩くなり耕されたおマンコは容易に口を大きく開く。
そして───
「オギャアァァァ!!!」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ!!!」
ずりゅうと音を立て、生まれた。遂に産んでしまった。
朦朧とする意識も相まって目の前の光景が、あまりに信じ難い。
私が、本当に私が産んだのか?
そんな疑問すら湧き上がってくる。
それ程までに私に考えられる時間は無く、覚悟を持てるはずも無かったのだ。
だが、赤ちゃんから伸びる臍の緒は私のおマンコへと繋がっている。
間違いなく、私の子だった。
「ぁ…」
陣痛が収まり、緊張の糸がプツンと切れる。
先程までのセックスに加え、出産により体力が尽きたのだ。
私は何かを考える間も無く再度気を失った。
しかしこの時、身を抉ってでも私は意識を保つべきだったのだ。
次に理性を取り戻した時───私の下に赤ちゃんはいなかった。
理性を失っている時に、記憶の中の私は砂糖をチラつかされ…
砂糖欲しさに、我が子を娼館に売っていたのだ。
幾ら抗い難い誘惑だったとは言え、記憶の中の私は越えてはいけない一線を容易く越えてしまった。
その日から私は娼館の意向に従順になり、より危険なプレイをお客様に要求した。
こんなゴミ女は、娼婦としても最低な最期を迎えるべきだと、心からそう思ったから。
──────────────
「ナギサ様ッ!!」
「…?」
…誰だろう、私を呼ぶ声がする。
ストリップショーを無事に終え、ご褒美の砂糖が少しずつ抜けてきた感触を覚えていた頃。
次の仕事が来るまでラバースーツに身を包み、檻の中で媚毒とガスに満たされ過ごすはずの私。
これまでこのタイミングで呼ばれた事など一度も無かったのに、一体どうしたのだろうか。
ここから出ると理性を取り戻すあの瞬間が訪れる可能性もあり、気が全く進まないのだが。
「くっ…アズサちゃん!」
「あと、少し…!よし、外れた!」
ガキン、という音と共に檻を閉じる錠が外される音がする。
やはり何かがおかしい。
まるで無理矢理にこじ開けたような雰囲気に、私は近くにいる人が娼館の関係者ではない事を悟る。
もっとも、気づいた所で私には何もできはしないのだが。
そんな事を思いながら呆けていると、私の頭全体を覆う全頭マスクに手が掛けられる。
そしてマスクを脱がされ、その相手と対面する事となった。
「ナギサさ、ま…!?」
「ぁひ?」
開けた視界の先。
そこにはあどけない、ごく普通の生徒がいた。
どこか見覚えがある様な…懐かしい様な…そんな感覚を覚える。
どうにも最近、娼館に連れて来られるより前の記憶がボロボロなのだ。
首締めファックのしすぎで脳にダメージが、なんて話も聞いた様な気もしないでもない。
まあでも、どうでもいいことだろう。
お客様にそんな話をする事もないのだから。
「ナギサ様、私が…わかりませんか…!?ヒフミです、阿慈谷ヒフミ…!!」
「ヒフ、ミ…?」
蕩けた顔で舌をだらんと垂らしながらその生徒を見ていると、その表情が鬼気迫るものに変わっていく。
ヒフミ…ヒフミ…やはりどこか聞き覚えがある名だ。
だが、どこでどういった形で会ったのだったか…
やはり思い出せないので、私は”いつも通りに”対応する事にした。
そう。仮にお客様だった場合、失礼にならない様にだ。
「いらっしゃいませぇ…♡ご奉仕いたしましょうか?それとも、レイプなさいますか?」
「…は…?」
「私は殴って頂いても大丈夫な商品です。如何様にもお楽しみ頂けますよぉ…♪」
媚びを含んだ声音で、いつものお迎え時の口上を述べる。
目の前の生徒の表情からは、血の気が引いて感情が抜け落ちていくのが見えた。
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「ハナコ様。グループの関連拠点の殲滅、完了致しました。」
「囚われていた者達は全員病棟へと収容し、ハナエ様主導の下で治療に当たっております。」
「…ご苦労様です、各員帰投を。ご褒美は期待してもらっていいですよ♡」
「ありがとうございます、失礼致します。」
ブラックマーケットにある高層ビルの屋上。
ハナコの眼下に広がる景色からは黒煙が何本も立ち込めている。
それは彼女が親衛隊に命じ、作り出した景色だった。
彼女は近衛に命を下し、ただ一人で再度景色を見遣る。
その表情は近衛に命を下していた時の柔和で含みのある笑みではない。
どこまでも深い嫌悪と悔恨から来る険しいものだった。
「…先生の庇護を離れれば、こうして大人に食い物にされる事もある…分かっていたはずなのに、私は…!」
自らの腕の中へと視線を落とすハナコ。
そこには小さな白い翼を携え、スヤスヤと安らかに眠る赤子がいた。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「クソっ!アビドスのガキ共め…!」
ダンッ、と机を拳が叩く音が部屋に響く。
娼館のオーナーはその額に青筋を立て、憤慨する。
部屋には机と椅子程度の最低限の物しか無く、引き払う直前の様相だ。
憤慨する彼女の隣には秘書の男性がおり、冷静に状況を踏まえて諭していた。
「連日の系列店への襲撃…武力で劣るこちらには為す術がありません。」
「中央もカイザーに借りを作るのを癪だと考えているのでしょう。キヴォトスから手を引く許可が出ています。」
「間違いなく、潮時です。」
「…ええ、わかっているわ。」
だが、女とて感情に支配されて破滅の道を歩む程無能ではない。
燻るものは当然あるものの、今すべき事をするだけだと思考を切り替える。
「商品の運び出しは?」
「8割方済んでおります。」
「ならいいわ。桐藤ナギサとそのガキを盗られたのは痛かったけれど、他で替えは利くもの。」
「砂糖は今後使えなくなる可能性が高いから、前のアレの運用で調整しておいて。」
「畏まりました。」
女はテキパキと指示を下し、部屋を立つべく荷を纏める。
そして後は出るだけとなった時、女は何かを思い出したかの様に手元の荷に手をかける。
それは人一人が裕に入れる大きなキャリーケースだった。
その留め具をバチンと外し、中を開く。
そこには───
「フシュー…フシュー…!」
全裸のM字開脚でギチギチに縛られ、赤いボールギャグから艶やかな吐息を漏らすトリニティの生徒がいた。
女が目隠しを外して露わになったその顔は、なんとティーパーティーでのクーデターの首謀者だった。
「むぅぅぅぅ!!」
「うん、元気そうね。」
彼女はアビドスで、ハナコの粛清が始まると同時に逃げ出した。
逃げた先は”元”取引先の娼館の運営グループの一つ。
古巣のトリニティを裏切り、アビドスからも追われた彼女に行くアテなど無い。
故に自分を高く買ってくれていたという一点だけを信じ、身を寄せたのだ。
その結果がこれだ。
乳首には極太のピアスが穿たれ、乳房は頭より大きく肥大化させられ、全身の至る所に卑猥なタトゥーまで彫り込まれている。
とても日の当たる場所で生きていけない、見るも無残な姿であった。
「さて、行きましょうかお嬢ちゃん?背伸びまでして首突っ込んだ、大人の世界へ。」
「んぶぅっ!?む”ぅぅぅぅ!!え”や”ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
絶望の叫びが部屋に木霊するが、女は満足気な笑みを浮かべたまま気にも留めない。
そして無慈悲に再度目隠しを着け、キャリーケースは閉じ、部屋を後にする。
これ以降、首謀者の生徒がキヴォトスの地を踏むことは二度と無かった。